読むめし

口で咀嚼するたけでは足りず、観念でも食べ物を愛でようとする人間

古墳めぐりからの古墳ケーキですよ

古墳の周辺は、なぜか心地よいものです。

 

水辺と緑、そして手付かずというか太古に作られた山があり、時間がゆっくり流れています。

 

今回の記事では、巡った古墳を貼り付けて行きます。

 

まずは平城京の北に並ぶ3つの古墳から。



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3つ並んだ古墳の右側はウワナべ古墳と呼ばれ、誰のものかは不明ですが、仁徳天皇の妃の一人と推定されています。


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そこからコナベ古墳というこれまた不明な古墳の横を通り、左側のヒシアゲ古墳を見ます。


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ここは仁徳天皇の妻の磐之媛の古墳と考えられていて、古墳特有の(現代に作られたであろう)門みたいなのが付いてます。

 

野鳥観察のようなおじさんが2人いました。

なるほど、鳥は古墳の内側にいれば少なくとも人間に危害を加えられないのです。

 

それから平城京を経て(だいぶ楽しんだ様子は前回と前々回の記事にて)、垂仁天皇稜(推定)を見ました。これも立派。


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そこから南へ1kmほど行き、大和郡山城に立ち寄りました。

 

Googleマップで奈良の古墳に見慣れると、大和郡山城も古墳に見えてきてしまうのですが、ネットを検索してもそのような記述は見つからず、ボランティアのお姉さんに訪ねても「そういう話は聞いたことありませんねえ」ということでした。


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そこから自転車で天理を経由し、巻向(まきむく)方面の崇神天皇稜へ。f:id:baroclinic:20191203081815j:image

このすぐ南に景行天皇稜もあるのですが、見る場所が分からずでした。

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そしてこの日の最後は巻向の箸墓(はしはか)古墳です。

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誰のものか謎なのですが、最古の古墳であり卑弥呼のものだったのでは、という説もあるミステリアスな場所です。

 

現代では原型も不明の小山で、水堀ではなく干潟が山の下に広がっていました。


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それから、古墳といえば翌日になりますが畝傍山の北東にある神武天皇 畝傍山東北稜を見てみました。


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数えたら、拝礼所から森の部分まで4つも門がありました。

つまりかなり立派です。

 

神武天皇は初代天皇で、もちろん存在は証明されておらず、この古墳は明治時代になってから「おそらく畝傍の辺りだった」ということで整備したものだそうです。

 

このように、今回巡った古墳はいずれも実在が疑問視されているか、誰のか分からないものでした。

自転車で巡れる範囲であちこちに、重要な古代ミステリーが配置されている・・・この森はほとんど永遠に破壊されないのだろうという妙な安心感がありました。

 

さてお待ちかね(?)、ごちそうは古墳ケーキです。


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やっほーい

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大きさは、下のトレーがスマホぐらいの大きさなので、一人で軽く食べられます。

お店のHPはこちら:

www.petitmarche-nara.jp

中身はガナッシュクリームで土を表し、カシューナッツで宝を模している、のだと思います。

周囲の円筒埴輪はメレンゲのロールです。


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一つの夢が叶いました。