読むめし

口で咀嚼するたけでは足りず、観念でも食べ物を愛でようとする人間

小田原の後ろのほうを歩く

「横浜から日帰りで行けて、あなた自身も週末にふらりと出かけるような場所ってある?」

日本旅行を楽しみにしていたドイツ人に聞かれ、

「小田原」

と答えたらそれ以降の返信が途絶えてしまったような小田原ですが、

小田原は良いという話を書きます。

 

小田原のおすすめのスポットといえば、小田原城址公園、小田原城の総構、一夜城(そしてパティスリー)、漁港、地球博物館、あと小田原駅自体なんてのも良いですが、今回はお城から北へ黙々と歩きました。

 

基本的に住宅地です。

それがいい。


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ねこさんが素敵でした。


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こんなふうに日々を過ごしたい。


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冒頭で述べた小田原総構は、城を中心にぐるっと囲んでいるので、どの方向へ進んでも行きあたることになります。


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今回は総構を越えて北へ進みます。起伏がたまりません。

 
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なだらかな斜面と緑に抱かれた住宅を眺めつつ。


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北へ向かうと、歴史というよりは昭和の風情が濃くなります。

 

そんな中にあるのが、北条幻庵屋敷跡です。


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戦国時代に97歳まで生きたという(未確定)、後北条氏の長老キャラ(少年時代もあったのにね)は、この地で生涯を閉じたと言われています(未確定)。


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今は小さな家と小さなお堂、その前に池があるのみです。


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小田原城から歩いて1時間半ほどでした。

 

引退した爺さんと現役のお城との、ほどよい距離だったのでしょう。

毎日口は出さないけれど、何かあったらすぐ行くからね、みたいな。

 

さて、今回はさらに北へ進みます。


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なだらかな坂を上り下り


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ふり振り返ると不意に海がある、そんな小田原が好きなのよ。

 

そんなこんなしていると古墳地帯が現れます。

 
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めっちゃ吊り目の猫さんに睨まれた。f:id:baroclinic:20200712150043j:image

 

小田原城から北へ歩いたということは内陸へ来たのですが、おそらく古墳の時代には海に近かったのだと思われます。

海と山と丘陵で、人々が集まって生活していたのでしょう。

 

そのすぐ北にフラワーガーデンがありました。


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お茶を飲んで一休み。


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アガパンサスの群れ
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あじさいの紫陽花の小路
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睡蓮の咲く池
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隣の公園とつながっていて、気がつくとまた高台にいたのでした。
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なだらかなアップダウンと不意に現れる眼下の景色に癒されます。

 

さて今回のグルメは小田原駅西口の箱根ベーカリー売店で買った丹那ミルクパンです。

期待通りもしくは少し超える美味しさ。


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メロンパンのガワのような甘さの上部はしっとりしてミルキー、土台のパンもしっとりしてミルクの幸せに埋もれます。

 

小田原、ふらりと歩くためにまた来るわ。

箱根湯本、江戸時代から楽しかったらしい

前回の記事では小田原から箱根湯本まで散歩した風景と早雲寺をお届けしましたが、今回は箱根湯本の町について書きます。

 

前回の冒頭で、箱根湯本はゴチャゴチャした駅前の通りを熟年夫婦が歩いているとか勝手な印象を書きましたが、今回で訂正の運びとなります。

 

箱根町立郷土資料館というのがありまして、小ぢんまりとして入館料は300円ですが、400万年前から近現代までが分かりやすくダイジェストで把握できます。

そうか、ここはもう小田原ではなく「箱根町」なのです。


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館内撮影禁止なので展示物のご紹介はできませんが、日本昔ばなしのような絵柄の弥次さん喜多さんがフリガナ付きの会話形式で進めてくれるよ。

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箱根湯本は、奈良時代には僧侶が訪れ、戦国時代には前回述べたように後北条氏がお寺を建て、後北条氏を滅亡させるべくやってきた秀吉が小田原をにらみつつ逗留し、いよいよ江戸時代にはメジャーな温泉どころになっていました。

 

地元の資料館で知ることができてよかったのは、江戸時代の宿泊事情です:

旅人は宿場町に宿泊する掟があり、宿場町とはまず小田原で、次の宿場は芦ノ湖の箱根の関所になります。

箱根湯本は宿場町には該当しないのですが、そりゃみんな温泉に泊まりたいですよね。

 

そんな訳で、旅人たちが実際には箱根湯本に泊まるようになると、宿場町からクレームが来ます。

 

江戸幕府が下した裁定は

「1泊なら箱根湯本でもOK」。

 

それほど人気のある場所だったのです。

 

東海道を往くときに、

「天下の険」

と言われる箱根の険しい火山と森深い坂を越えるのは、とても困難なことだったと想像されますが、温泉がメジャーになったおかげで江戸の人々には何やら楽しい場所と映っていた雰囲気を感じます。

 

開国すると、外国人も訪れるようになります。

 

通りすがりのパッと見で昭和の温泉地などとスルーしていましたが、古くは奈良時代からの伝統の地でした、箱根湯本。すみませんでした。

 

前回は小田原から早雲寺までの写真を載せましたが、今回はその先の箱根の坂へ溶けゆく東海道や川を載せます。


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アスファルトの道の横に、石畳の歩道の入口がありました。

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深いぞ緑、高いぞ崖

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石畳がありまして、梅雨時だったためか石の間を水というかお湯が流れていて、温泉の匂いがするんですね。

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ここが旧東海道だそうです。

川沿いの崖っぷちを行ったのですね。
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紫陽花と高低差
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川を渡る。
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川面に近いほうの道
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建物の壁と車の色が綺麗だった。
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箱根電燈発電所
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明治25年に関東地方で最初の水力発電所が設置された場所だそうです。
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早い段階から文明の先端を享受していた地であったことが分かります。

 

電車が通るのも早かった。


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昭和のレジャー政策より遥か以前にあった場所でした。

 

さて今回のグルメは、箱根あたりを通りかかるたびに看板が気になっていた、「箱根 森のバウム」を買ってみました。

お店は市街地から外れ、街道からそれた住宅地にありました。

 

最初なのでプレーン味がほしかったのですが、ラインナップに無かったので抹茶味を買いました。


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抹茶部分とプレーン部分に分かれていたので別々に食べてみたのですが、プレーン部分は特徴が無くごく普通の味でした。


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抹茶部分は濃厚な抹茶味でした。

 

別の味はどうだったんだろう。抹茶味は740円、他のは690円で、複数は買えませんでした。

やっぱり試食サイズというか1食分の個包装のがあればいいのになあ。

 

まあそんなこんなで初めてじっくり歩いた箱根湯本、横浜から1時間ちょっとで伝統の温泉街があったなんて今さら嬉しい驚きです。お金がいっぱいあったら月に一度は泊まってみたかった。

小田原から箱根湯本まで歩いた

6月の紫陽花が終わる頃、行って参りました小田原と箱根湯本です。

 

箱根湯本って、何度か通った私でも湯河原とたまに混ざるし同じ箱根のお湯ではあるのですが、

  • 湯河原は海沿い、
  • 箱根湯本は箱根の山に登る途中

と区別いたしましょう。

 

箱根湯本は過去に何度か通り過ぎたのですが、駅のホームからはいつも工事中の川が見え、駅前の商店街がゴチャゴチャしていて熟年夫婦が歩き、たぶん後ろの方に昭和な温泉宿がある所というイメージで、大して興味を持っていませんでした。

 

今回行こうと思った目的は、早雲寺です。

早雲寺は、後北条氏菩提寺として箱根湯本にあることを知りました。

 

小田原から箱根湯本まで直線距離では6kmあまり。くねくね道を行けばもう少しあり。

歩いてみようではありませんか。

 

小田原駅から西へ。

梅雨の季節のアンニュイな風景の中を歩きました。

 

下の写真は小田原から箱根登山鉄道で最初の駅、箱根板橋駅の紫陽花です。以前はもっと多かった気がするのですが、鈴なりの姿を見られただけでもヨシ。

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小田原から西の方向へは、東海道やら国道やら鉄道やら大動脈がいろいろ続いていますが、散歩はそれらの合間を縫って細道を行きます。
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水路に住宅街と、その向こうに見えるのは箱根の山々です。


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エレガントな紫陽花、さすが小田原です(先入観)。

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ねこさん
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20年ぐらい生きてそうな目で見てる。


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主要な道を外して歩くと、山の斜面を上下せざるを得ないのですが、それもいい。


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古くから根付いた生活の匂いと、大地の力あふれる箱根の斜面と。

 

からの、不意に見える海。
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坂を登って降りて、
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眼下の集落は、風祭の谷でしょう。

後北条氏に仕えた風魔の忍びの伝説のある里です。

 

夏の始めに咲く、ぴゅろぴゅろした青紫の花と紫陽花。
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箱根登山鉄道と紫陽花は、この界隈でよく見るショットです。

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箱根の斜面がすこしずつ近づきます。
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道路の柵や橋の模様が籠行列でした。さすが。
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そんなこんなで辿り着いた早雲寺です。

後北条氏の2代目・氏綱が建立しました。
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拝観無料で人影もなく、門を潜ると親切にも「順路」の矢印があり、導かれるまま進むと、北条五代のお墓がありました。


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ってあっさり書いていますが、けっこうビビりました。

あの後北条氏のお墓がいきなり眼前に。

 

しかもあとで思ったのですがこのお墓、いかにも後北条氏らしくないですか。

五つの石塔が均等な高さで均等な距離にあります。

ステマチックな税制、軍制、報奨制度を作り統治したと言われている人々です。

ちなみに墓石は右から1代目、2代目・・・5代目です。


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脇にある五代の解説が簡潔で分かりやすい。

 

さらに嬉しいことに、お庭が見られます(柵の外から)。


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最初は北条幻庵の作だったけど、現在の姿はたぶん江戸時代の誰かが作ったんじゃないかな・・・という解説も付いています。

 

北条幻庵とは。

北条早雲の末子で、お坊さんになったけど手先が器用で馬の鞍や笛や庭を作ったり京都から来た文化人の相手をする一方で、お坊さんだった気がするけど数千人の部隊を率いて何度も戦ったし、かなり長生きして嫡流の5代目にまで会った。1590年の小田原合戦で後北条氏が滅亡する直前にあの世へ旅立ったと言われている。

 

箱根湯本、駅を通り過ぎただけでは分かりようもない歴史がありました。

 

小田原から歩いてみて、北条幻庵や歴代の後北条氏の人々も歩いたであろう、本拠地・小田原と別天地・箱根湯本は、生活と大地と海と森と温泉の香る道でつながっていると知りました。

 

尚、この早雲寺は小田原合戦で後北条氏が滅亡するときに秀吉が占領して逗留場所とし、合戦後に焼き払うんですね。

 

秀吉にムカつきました。

 

以上、今回のご報告でした。

 

横浜の5月を少しだけ

非常事態です。

そして休日です。

そして5月です。

 

2020年5月5日、なるべく粗なうちに朝早くに家を出て歩いて回って参りました。

今回、横浜山手~山下公園の写真を貼り付けて行くだけの記事になります。

 

山手イタリア山庭園は9:30開門ということで入れませんが、いいのです。

裏手の絶壁のバラを見るのです。


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開花状況としてはタイミングがよかったようです。
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なんと明るい色でしょう。
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天まで輝くような5月です。
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通行人ゼロでした。

 

そこから山手の尾根道を歩きます。


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ポピーに似た花が最近道端のあちこちに見られます。

これはナガミヒナゲシという外来種のようで、繁殖しすぎているらしいのですが、絵にはなるんですよね・・・
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元町公園の坂を下りて


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アメリカ山公園へ。

こちらは朝6:00開門で、なんだか申し訳ない気持ちですが入ります。


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お見事でございます。


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向こうにベイブリッジか見えます。


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別の方向にはマリンタワーが見えます。


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そこから港の見える丘公園へ行ったのですが、新型コロナ対策で大部分が立ち入れませんでした。

柵の手前から人のいない公園をば。


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ちょっと残念なような、安心したような、「ですよねー」という気持ちで外側から撮ってみます。


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バラ庭園はこのとおりです。

無人の庭園。
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入口に多少咲く花たち
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港の見える丘公園からフランス山を経て、山下公園へ。


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マリンタワーと薔薇。

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青空に映える。


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山下公園もメイン花壇は封鎖です。


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見える部分を撮る。
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あのホテル ニューグランドがこんな風に見えます。人がいないショットは珍しいかも。f:id:baroclinic:20200509143655j:image

 

薔薇でなくても花は鮮やかです。


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という訳で今回は気が済んだので、この辺りで失礼します。

 

ご覧いただきありがとうございました。

 

 

おこもりのお供・パスタソースの感想

Stay homeの日々にはパスタが頼もしいですね。

長期保存できて、かつ心が浮き立ちます。

 

スーパーやドラッグストアでは購入制限がある所もあるようでして、目の前にある商品をとりあえず少しずつ買いました。

 

わたくし、最初(20年ぐらい前)は乾麺に自作のソースというか具材をアレンジしていたのですが、いつしか冷凍パスタにハマり(2年ぐらい前)、その後でこの状況が来て(冷凍庫のキャパに限界があり)、改めて茹でたてのパスタの美味しさを認識する日々です。

 

下記に、入手できたパスタソースの、食べ比べとまでは行きませんが感想を書いてみます。

 

尚、今回は高級路線(例: 青の洞窟)ではない、1袋に2食ずつ入った簡易なソースを取り上げます。

というか高級路線はまだ買っておりません。いつか食べたい。

 

 

 

  •  キューピー あえるパスタソース 「バジル」

参考小売価格 200円 2袋入
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思いがけず強い緑の風味です。心地よい青臭さに、持っていたジェノベーゼのイメージを覆されます。たしかに「ジェノベーゼ」とは言っていない。ジェノベーゼってコクがあるイメージでしたが、これは青い。かつオイル感もしっかりしています。コクだけに頼らず青さの風味も際立たせた新しい境地の一品。

 

  •  キューピー あえるパスタソース 「ツナマヨ

参考小売価格 200円 2袋入
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ツナマヨパスタは普段自分では作らないし、イタ飯屋で見かけたこともなかったけれど、商品棚で輝きを放っていました。実際のツナの固形はほとんど見当たらないけれど、しっかり風味がついていて、マヨの存在感もあり。和風ながらコクのあるパスタになります。

 

  • S&B まぜるだけのスパゲッティソース 「生風味からし明太子」

希望小売価格 220円 2袋入

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量が少ないかな?と思いきや、しっかりガッツリ海の味がします。明太子といえばこの風味というのが確実にあり、満足できます。きざみ海苔付き。あとは自分で青ネギを足すのもよい。

 

  • マ・マー あえるだけパスタソース 「深味ミートソース」

実売価格 198円ぐらいだった。2袋入
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深味と書いてあったので肉とデミグラス的な濃さを想像していたけれど、濃いのはトマトでした。ぎっちり酸味と風味あり、濃縮還元な感じです。固形の肉もそこそこ入っており、たしかに濃い感じはあるが、肉というよりはトマト系のパスタを念頭に置いたほうがよいでしょう。

 

 

以上、これまでに食べてみた感想でした。

 

今回、明太子に青ネギをかけた以外はアレンジを加えておりません。

 

こうして見ると、調味料系メーカーとしてキューピーとS&Bが存在感を示し、信頼感が厚いです。

パスタ系ブランドとしてマ・マーと、あとオーマイのソースも見つけました。

オーマイのはまだ試していないので、次回レポートできればと思います。

 

いつまでおこもりが続くのか、本日時点では不明ですが、パスタとともに彩りのある生活を送る所存です。