読むめし

口で咀嚼するたけでは足りず、観念でも食べ物を愛でようとする人間

旅の終わりは伊東でカクテルを

5月から点々と書いておりました、2018年5月連休の話は今回で最後となります。

 

最終回は、琵琶湖畔から横浜へ戻る途中の、伊東のバーのお話となります。

 

私は滅多にバーに行きません。

まず、オシャレに飲めない。
カクテルって量が少ないじゃないですか。
落ち着かない。

そして小粋な会話などできない。
というか会話が怖い。

家でテレビを見ながらサラミを齧り、ビールを飲んでいたいです。

 

そんな私がバーに行ったのは、伊東のホテルで1杯無料サービス券がついてきたからです。

 

バーのカウンターに座ってしまったら、ちょっと楽しみなことがあるのです。

飲みたいカクテルの名前ではなく、自分のイメージをバーテンダーにお願いするのです。

「夏の風が吹き始めた河原」
「夕暮が鮮やかだったときの気持ち」

 

「は?」となることももちろんありますが、人によっては作ってくれます。

この日は
「みかん風味の爽やかなやつ」
と、やや具体的な味のオーダーをしました。

すると、想定を上回るほど気分や体調に合ったカクテルを作ってくれたのです。

(↓イラストは味のイメージです)
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カウンターの上に、バーテンダーさんが考案したカクテルの写真がいくつかありました。

感心して眺めていると、説明をしてくださいました。

「これは、家の近所に咲いている花をモチーフにしたものです。この花をカタチにできないものかと考えまして」

実際の花の写真を出してきます。

「すぐにできたのです。音楽などでも言われるでしょう、すぐにできたもののほうが良いことが多いって」

それは分かる気がします。
絵でも小説でも、おそらくそうなのです。

「夢に出てくることもあると言いますよね。私は未だにそういことは無いのですが」

おそらく、夢でも日常の無意識でも、感覚で捉えている完成形を瞬時に具体的な形にすれば、完成度の高い作品になるのでしょう。
音楽でも絵画でも文章でも、カクテルも。

 

バーテンダーさんは、画家がモチーフを探すように、小説家が構想を練るように、日々カクテルを考えているようです。

おもむろにそのカクテルを作り始めました。

おおお?と思って見ている間にカウンターに置き

「“天使のラッパ”という花の名前です。アサガオの仲間ですが、下向きに咲きます。このカクテルの写真を逆にすると、似ているでしょう?

花言葉は“いつわりの魅力”で、花に毒があるのですね。調べたらいろいろ出てきました。ここでは語り切れませんが、例えば華岡青洲という人をご存知ですか?江戸時代に世界で初めて麻酔手術を成功させた人です。この花を使ったらしいです。有吉佐和子の小説にあります」

 

カクテルをいただいたところ、たしかに「麻」的な感触と花の蜜のような甘みと香りが調和し、微かな不均衡まで合わせて、一つの世界が成り立っていました。

 

絵画や彫刻でもない、けれど表現したいものがカクテルにあって、お見事!な完成度でした。

 

(写真に撮らなかったので、イメージしたイラストを描いておきます・・・あまり見事さが表現できませんでした)


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ところでなにげに、有吉佐和子の名前はこの2日前に訪ねた和歌山城の下の歴史記念館のような所で見ていました。

有吉佐和子が和歌山出身、そして華岡青洲紀州の人で、これまで旅してきた道のりがつながりました。

 

歴史に興味を引かれると、今度は小冊子を出してきてくれました。

「この町に関係のあった人物の本です。地元の方が作って、ご本人からいただきました」

 

出身ではなくても、名前を聞いたことのある人々がこの町に住んだり滞在したことが分かりました。

 

例えば北里柴三郎は、先進的な細菌研究をした人ですが、かつて伊東に温泉プール付きの別荘を建てたのだそうです。

北里柴三郎の就職の世話をした人が長与専斎、あ、この名前は去年鎌倉検定の勉強で見かけたなあ。
医師ですが、由比ヶ浜を適地として、日本の海水浴のさきがけとなった人です。


旅して飲んで話して読んで、記憶や世界の断片がつながるのを感じた旅の終わり、伊東の夜でした。

 

これにて2018年GWの旅の記録、完結です。