読むめし

口で咀嚼するたけでは足りず、観念でも食べ物を愛でようとする人間

水都で、おでん。松江の川のほとりで

前回は関ヶ原のエピソードから松江での邂逅をテーマに書いたので、今回は現代の様子を書きます。

 
松江は、予想以上に水の街でした。
 
訪ねるまでは何となく湖と海の近くにある街のイメージを持っていたのですが、実際に行ったら水郷でした。
 
水郷というとこれまで柳川や大垣の水路に魅せられてきましたが、それに比肩するものでした。
 
夜の川の水面は、湖のすぐ近くのせいか、落ち着いていてどこかロマンチックです。
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お城の周りのお堀の佇まいもまた安らぎます。
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街と一体になった水路の数々、たまりません。
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この水の都、元々は宍道湖とつながる沼地または湿地だったらしいです。
辛うじて高い場所に、砦のようなお城があったぐらいだそうです。
 
そこから街を作ったのがあの、堀尾さんです。
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砦のような城の場所を中心に、要は、
「水は水!土は土!」
と、ドロドロを分離する大工事をしたらしいです。
 
それでできたのがお城のお堀と、町中をけっこう規則正しく縦横に延びる水路なんですね。
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掘り出した土は、盛って高台にして造成地にします。一石二鳥です。
 
なにげに去年、ブラタモリでやっていたんですよね。
そして、宍道湖を隣の中海につなげて、中海からは日本海につながり、そのおかげで水量の調整ができるようになったうえに、宍道湖汽水湖になってシジミが獲れるようになりました。
 
もう天才ですかね堀尾さん。
 
戦国武将って、武勇もあるのに築城や治水・街づくりにも才能を発揮した人がいて、加藤清正伊達政宗が有名だけど、何なんでしょうね。
そんなに一人の人に能力が備わっているものなのでしょうか、部下がやったことなのでしょうか、というのが最近の興味の一つです。
 
それはいいとして、堀尾さんは松江の街の開祖として尊敬されているようです。
 
松江城の像についての文章を見つけました。
松江の人々の思い入れがあることが分かり、これまたなんだか嬉しくなります。
 
というわけで、そろそろ晩ご飯です。
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おでん。
 
しみじみと、水路のほとりのおでん居酒屋でいただきました。
 
つゆが、関東でも関西でもない、九州でもないのかもしれないものでした。
九州(福岡?)らしい甘みがある一方、軽くてほんのりという意味では近畿らしくもあり、ダシは飛魚ダシがメインの気がします。
東北出身・関東在住の人間から見ると、そうなります。
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春菊が具として入っているのも面白いし、美味しかったです。
 
それから、松江独特の料理として、おでん on うどんの「おどん」というのがあるらしいのですが、この日は夜遅かったこともあり、出会えませんでした。
 
あとは、シジミのワインバター蒸しとか、宍道湖の恵みを食べてみるよね。
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松江を訪ねるなんて、日々の暮らしの中では考えたことも無かったけれど、機会があればまた歩きたい、そんな湖と日本海の街でした。