読むめし

口で咀嚼するたけでは足りず、観念でも食べ物を愛でようとする人間

平城京跡は聞きたい放題 1

2019年11月下旬、奈良へ行って参りました。

 

平城京跡は、レンタサイクルで北から南へとさっくり通り抜けようと思っていたのに、ハマって2時間ほど過ごした話をお伝えします。

 

何がすごかったかって、だだっ広い平原の上にぽつぽつ復元建屋などがあるのですが、中に入るとたくさんの説明ボランティアさんたちが待っているよ。



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簡単に通り抜けるつもりだったのですが、一度聞き始めるとどんどん質問してしまうよ。

 

Q1. 平城京跡は現在、広大な空き地のようになっていますが、民家などは外側へ移転したのですか?

A1. いいえ。平安京に遷都した後は田畑になり、現代まで家は建ちませんでした。

 

この事実だけで新鮮でした。

 

なるほど、現代と違って人口が少ない頃は、平らになった土地がお米チャンスに見えるのでしょう。

家など隅っこに建てれば良い。

お米ファーストです。

 

Q2. 民家は建たなかったけど、線路が史跡の中を通っていますね。なぜですか?

A1. この近鉄の線路は約100年前にできました。当時は平城京の範囲がもう少し小さいと考えられていたのです。線路は敷地内でゆるくカーブしているのですが、それは100年前に想定していた平城京を避けるためでした。まあ、世界遺産の中を通る電車というのもいいじゃないですか。


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そして現在の平城京跡には第一次大極殿という建物が威風堂々ありまして、これは平成22年に完成した復元建築なのだそうです。


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今でこそ山奥のドライブインにも鮮やかな赤を使った建物なんかありますけど、ここのはガチで研究者が本気出して再現したものですからね。

 

遣唐使として長安を見てきた日本人が

「こんなにデカいんです、もっと、まだまだ、すんごく」

天皇に説明したのではないか、なんて想像しました。

 

現代の我々から見ても、建物の威容とそこから見える都の敷地の広がりにおののきます。

今ならもれなく無料の建屋から広場を眺めて王朝貴族気分が味わえます。

 

ちなみに第一次大極殿ということは第二次もあり、少しだけ南東に移りました。

というのも、平城京を作ったあとに聖武天皇が一旦また遷都してしまって、第一次大極殿の資材も新しい都にけっこう運んだらしいのです。

やっと平城京へ戻ったら、新しい区画で新築にしたのですね。

 

などとつらつら書いているうちに長くなってしまったので、次回つづけて平城京メモを公開します。

 

食事は近鉄奈良駅近くのアーケード街のカジュアル居酒屋にて。

 

奈良漬けを食べておきましょうということで、奈良漬けクリームチーズをば。


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発酵食品と発酵食品を掛け合わせて発酵ブンブン風味にむせそうになるのがクセになる。

 

奈良は内陸だから、保存性の良い食品が多かったのかな、奈良漬はいつ頃できたのかな、そんなのも平城京跡で聞いとけばよかったかな、などと考えた一日でした。

 

追記:

ググったところ、奈良漬けは西暦700年ぐらいに奈良でできたらしく、まさに奈良時代の産物のようです。Wikipediaより。