読むめし

口で咀嚼するたけでは足りず、観念でも食べ物を愛でようとする人間

松平好きのテーマパーク?岡崎市を歩いてきた

2018年の年の瀬、仕事の隙間で岡崎市を半日ならぬ4分の1日ほど散歩しました。

 

まずいきなり岡崎城を攻めます。

 

岡崎城は小ぶりな復元天守ですが、内側はコンクリート造りのミニ博物館のようで、お城の完全再現を目指していないところが潔かったです。


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同じ岡崎公園の敷地にある家康館は、松平家や家臣団の詳しい歴史の展示があり、この場所ならではでした。

 

また、同じ公園の中に家康公産湯の井戸があり、まさにここで誕生したという臨場感もありました。

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岡崎市の中心部には東西に国道1号線が走っており、その脇を旧東海道が縫うように続いています。

「二十七曲り」と呼ばれ、岡崎城の防衛のために通路を何回も屈折させたのだっそうです。


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にこやかな家康公の案内を懐に、道標を辿りながら旧街道を歩けるのは楽しい仕掛けです。

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正直、街並みにはそれほど風情を感じませんでしたが、この街の現在を把握しました。

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個人商店が住宅の並びの中に点在している印象です。

 

風情といえば、旧街道沿いよりも、大きめのお寺の周りに住宅が密集している所にノスタルジーがありました。

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神社仏閣は、ドカーンとメインのが明確にある訳ではなく、点在する神社やお寺がそれぞれに大きいのです。


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伊賀八幡宮は、松平家四代目(家康は九代目)の親忠が三重県の伊賀から勧請したのが始まりと伝えられています。


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大樹寺は、戦闘に敗れた若き家康が逃げ込み自害しようしたところ、住職から大志の教え受けて思い留まった場所だそうです。

上の写真は山門で、その後ろにお寺本体があります。

 

岡崎市の神社仏閣が個々に大きめなのは、天下を取った家康と親族と家臣団の帰依が大きかったからではないかと推測しました。

 

さて、食事は八丁味噌の老舗「カクキュー」の工場に併設された食事処にて、味噌カレードリアを食べてみました。


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思ったよりカレーと味噌の双方がマイルドで、譲り合うような優しさがありましたが、卵やチーズと溶け合ってタレにご飯が埋もれるドリア世界を縦横に堪能できました。

 

ところで岡崎の八丁味噌は、最近ちょっとした諍いがあるのですよね。

 

www.nikkei.com

老舗の2店ではなく、新しいほうの定義に合わせて八丁味噌を登録したために異議が出て、2018年12月現在解決していません。

 

これが解決すればもっと街全体で味噌をフィーチャーして盛り上がれるのに、惜しいことです。

 

解決は他人任せにしてしまいますが、家康と家臣団好きが訪ねたら数日は必要な街だと思いました。

 

そうそう、オカザえもんは相変わらず岡崎市の非公式キャラクターなのですが、岡崎城にも展示の一部分として居たので地位を確立しているようでよかったです。

オカザえもん - Wikipedia

 

以上、年末のいきなりプチ旅レポートでした。

 

追記:

岡崎は松平のふるさとのみならず、南北朝室町時代に活躍した足利氏に関連する一族が多く住んでいたのですね。

今後はそちらの視点からも攻めたいところです。

 

お味噌の料理もまた食べたい。