読むめし

口で咀嚼するたけでは足りず、観念でも食べ物を愛でようとする人間

熊本。清正さまへの愛を街が叫んでいる。

はい、5月に熊本を訪ねました。

お城へ行かねばなるまい。

2016年の地震で大きく損壊した熊本城ですが、近付けば何かは見えるに違いないとアプローチします。

f:id:baroclinic:20170624161237j:image
たしかに壊れている。

f:id:baroclinic:20170624161330j:image
想像していたよりもあちこちが損傷し、ほとんど遠巻きにしか見ることができません。

しかしそれでも、お城の規模の大きさはよく分かります。
f:id:baroclinic:20170624161620j:image
こんなだだっ広い広場も、お城の内側なのです。

f:id:baroclinic:20170624161723j:image
広場から空堀を隔てて遥かに本丸が見えます。

世界にはピラミッドとか万里の長城とかありますけど、比肩する規模ではないかと思ったぐらいです。どちらにも行ったことないけど。

お城の規模にも驚いたのですが、それを甦らせようとする人々の気持ちを強く感じました。

f:id:baroclinic:20170624162852j:image
損壊を免れたためなのか、お城の真ん中あたりにあると思われる加藤神社には入ることができます。

訪れる人の願いはひとつ。

だと思いますよ?

言っちゃいますけど私、勢いで神社の募金箱に千円札を入れましたからね。
いや勢いではない、今でも千円は入れて当然だと思っております。

ちなみにその近くにあった御賽銭には5円です。

神様(つまりここでは加藤さん)ごめん?!

今さらですが、熊本城って、加藤清正っていう人がだいたい作ったんですよね。

その前にも多少の砦みたいなのはあったっぽいのですが、ザ・戦国時代に、秀吉が熊本のあたりを制圧して、「しっかり押さえとこうぜ」ってことで優秀な部下の清正を配置したら、城も街も作る作る。治水もバッチリで農民うるおう。

「清正様ありがとうー!」
という気持ちが現代まで伝わります。

f:id:baroclinic:20170625163201j:image
こちらがお城の近くにある清正様の銅像になります。
お城を作る指揮をする姿だそうです。

武将としてめっちゃ強くて、さらに城も作れて治水もできるとか、人間としてどんな仕組みなんだろうって、このブログで去年の5月に松江の堀尾さんの時も考えたかもしれないけど、本当にどういうことなんでしょうね。

今や人口70万人以上に発展した熊本の街では、からしれんこんをいただくでしょう。
f:id:baroclinic:20170625170513j:image

江戸時代、お城の料理人が殿様のために作ってみたら
「ウマーー!」
ったことになったらしいです。

ウマといえば
f:id:baroclinic:20170625164924j:image
馬刺もいただきますよね。

熊本の馬刺は、清正様が食糧難のときに馬を食べたのが始まりという説があります。

地震があってお城が損壊して意気消沈しているかと思いきや、昔からの名物料理が現代まで美味しく、熊本はバリバリにエネルギッシュな場所でした。

ちなみに6月24日は、清正のお誕生日かつ命日なのだそうです。