読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

読むめし

口で咀嚼するたけでは足りず、観念でも食べ物を愛でようとする人間

横浜の坂たち

なんと2月に一度も更新しておりませんでした。

というか、2ヶ月ほど記事を書いておりませんでした。

その間、冬に撮りためた横浜の普通の住宅風景を公開いたします。
もう春がほとんど来てしまいましたね。

f:id:baroclinic:20170312142921j:image
家の一つひとつにどんな人が住んでいて、窓からどういう景色が見えるのかなあと、想像しながら散歩します。
f:id:baroclinic:20170312143144j:image
しかし、「見て見て、すごい坂!」と紹介したくても、坂の写真って難しいんですよね。

写真の中で傾斜を表現するのは、一筋縄では行かないようです。

f:id:baroclinic:20170312142648j:image
輪っかが付いている道路だと、それなりの角度があるのだろうと想像してもらえるのでしょうけどね。

しかし飽くなき挑戦は続きます。

f:id:baroclinic:20170312144353j:image
左右の段差で傾斜を感じさせたりですね。
f:id:baroclinic:20170312144020j:image
こちらの写真では、屏風のような崖の下に家々があります。
もしかしたら古代には要塞だったかもしれない勢いです。

f:id:baroclinic:20170312145030j:image
さて一休み・・・ここは、横浜市の仏向町というところにある水道記念館です。
なみなみと波打つ横浜の坂のただ中にあります。

私のお気に入りの場所の一つです。

f:id:baroclinic:20170312145314j:image
水道記念館の庭から、遥かにみなとみらい地区が見えます。

ここの建物に展示されている横浜市の水道の歴史は、とても分かりやすい語り口です。

横浜市はこの急峻な坂の連続ゆえに、水道技術が導入される前は、各家庭で水を使うにはかなりの労働力が必要だったのです。

ひしゃく1杯の水が現代のお金で200円くらいだったとか・・・うろ覚えですが、ペットボトルの水よりも高価だったと思います。

それが、蛇口をひねればきれいな水が出てくる生活に変わったなんて、どれだけ革命的な変化だったことでしょう。

しかも、横浜市に流れ込む水道の源流は、富士山麓から来ているそうです。
忍野八海(おしのはっかい)といって、行ったことのある人はご存知だと思いますが、青く透き通った湧き水から来ているのよ?

はるばる水桶を担ぎ、ときには伝染病に悩まされる生活から、富士山麓ミネラル水をワンタッチでゲットできる生活へ。
見事に水道のありがたみが分かる展示があります。

f:id:baroclinic:20170312151308j:image
上の写真は、水道記念館の前庭です。
ヨーロピアンなたたずまいの噴水は、きっとヨーロッパから技術を取り入れた余韻かもしれません。

尚、同じ敷地内の別の建屋にある水道技術展示棟の解説は、記念館とは対照的にマニアックで私にはほとんど理解できませんでした。それもまた良い。

そんな横浜の坂と水道に思いを馳せながらの散歩ということで、今回はこれにて一旦区切ります。

まだまだ坂道と住宅写真があるのよ。どうしましょう。

f:id:baroclinic:20170313202714j:image
写真右上の日本酒は、神奈川の地酒「大山」です。辛口ながら穀物のまろやかさがあり、けっこうお気に入りです。
これはこれで神奈川の水の恵みですね。