読むめし

口で咀嚼するたけでは足りず、観念でも食べ物を愛でようとする人間

「極限のトレイルラン」を読んだ。

11月21日に初めてトレラン大会に出場した帰りの電車で、大先輩ランナー2人に紹介された本がありました。

 
「面白いからおすすめ」
ではなく、
「絶対に読んだ方がいい」
ですらなく、
「トレランをやる人なら当然読む本」
という、
もはや熱意すら通り越して、「買わないという選択肢は無い」と素の表情で言い切るお二人に従って(筆者の主観が含まれております)、電車の中でスマホから購入した本を読みました。
 
ファミレスで出だしだけ眺めるはずだったのに、気がつけば一気に最後まで読み通していたのがこちらの本です。

極限のトレイルラン: アルプス激走100マイル (新潮文庫)

本を読んだら、トレラン以降に体験したことや見聞きしたことが見事につながりました。
 
まず、先日出場した群馬県太田市で初開催のトレランは、アットホームで地域に親しめる大会だったのですが、そのような狙いはコース設計者であり、この本の著者である鏑木さんがしっかり見定めたものであろうことが分かってきました。
 
日本においてトレイルランニングはまだ黎明期とも言える段階で、コース設計どころかいくつかの大会を企画して実行まで漕ぎ着けていたのが鏑木さんだったのでした。
 
そこに至るまでの人生の道のり、すなわち箱根駅伝への挑戦と挫折、トレランとの出会いと世界最高峰の過酷なレース体験が、読者を惹きつける構成で描かれています。
 
「苦しくなってからが楽しい! 鏑木毅」
そう、たしかにこう書かれている道標のようなものを、トレランの途中で見ました。
登り坂の連続で、また登りか!という場所にあったと思います。私の前を行くランナーがピンっとこの道標を指で弾いて、私はちょっと笑ったことも思い出しました。
 
山と競争相手と、自分自身に挑んで極限を超える。峻烈な思いでレースに挑戦してきた記録がこの本にありました。
 
「そこは走れる」
あのとき、レース終盤の緩い登り坂で後ろから声をかけたくろいわさんの言葉が、本を読み進めるうちにつながって来たのです。
 
そして大会後の電車の中で、私以外の二人が盛り上がっていた他の大会の名称などの単語の意味も、今やパンチのようにみぞおちに入ります。
 
先日のトレランの開催地である群馬県太田市の隣りである桐生市が鏑木さんの出身地であったことも、興味深い附合でした。
 
長らく忘れ去られていた山道に人々の足跡が蘇り、人々はその地域の山野を感じる - マナーや文化の熟成が進めば、トレラン大会の開催は、山野に魔法をかけるようなことになるのかもしれません。