初めてのトレラン大会 空っ風の大地で遠くを見た話
2014年3月に初めてフルマラソンを走って以来、合わせて5回フルマラソン大会に出たのですが、毎回一人で参加していました。
この状況を何とかしなければ思いつつ、恥ずかしながら気がつけばついつい一人で当日を迎えてしまうのです。
そして今回11月21日、ついに初めて仲間と、大会と名の付くものに参加できました。
以前から素朴な疑問として
「知り合いと大会に出て同じくらいのペースで走っていたら気を遣わないの?」
というのがあったのですが、まさかこんな形で一つの結論が出るとは思いませんでした。
いつもよりやや長くなりますが、お暇な方はどうぞ。敬称略。
- -
豚汁が美味い。
角材を横たえただけの腰掛けに座り、ねぎふるは豚汁の大根や豚肉をつぶさに眺めていた。
レース中に野菜や肉の小片を眺めている理由は、食べ物が好きというほかにもう一つあった。
疲れていた。
くろいわに追いつかれる可能性はあったが、成り行きに任せておけば良いだろう。なぜならこれは「ファントレイル」なのだから ー
程なく、予想通りくろいわが現れた。
「一人になると焦りません?」
角材のベンチで豚汁を食べながらこれまでの走りの経緯などをひとしきり話した後、くろいわが尋ねた。
「確かに焦るので、できるだけ誰かの後ろについて行くようにしています。自分のペースなんて無いですね」
ねぎふるが答える。
「ペースが分からないですよね」
二人が合意する。
さて、本当に成り行きで二人同時に豚汁の場所を出発することになった。中間地点をやや過ぎた辺りである。
(速そうな人を先に行かせるのがトレランだ)
そう思い、ねぎふるはくろいわの後ろを走る。フルマラソンのベストタイムは、くろいわの方が30分以上速い。
(くろいわは登りが得意だから、私はそこで離されるかもしれない)
そうなったらそうなったで、伸びやかな登りの姿を見届けよう。
しかし、存外ついて行けるものであった。
そこそこの速さで登り下を繰り返してきて、疲れが脚にまとわりつき動きが鈍くなっていたが、まだバネは残っているようだ。
「私は下りが苦手なので」
と後ろから来たランナーに道を譲るくろいわに合わせてねぎふるも道を譲っていたが、次第にひとつの考えが頭をもたげてきた。
(勝てるのかもしれない)
相手は6日前にフルマラソンを激走して自己ベストを記録したうえに「来年は出ない」と言うまでに苦しんだ、手負いの獅子である。
そのような条件で勝っても仕方ないのだが、「実は私はトレランが得意なのでは」という秘かな期待が芽生えた。それを現実のものとするために目の前の相手より先にゴールする ー
空想が、ねぎふるの頭に浮かんだ。
「どうぞ、お先に」
くろいわの、譲る手の合図が後続ランナーに対してなのか自分に対してなのか何度か迷ったが、ついに下り坂で先に出た。
「言うても、私も下りそんなに速くないですよ」
当たり前である。
ごく普通の速さで淡々と下る。たまに、やたら下りの速いランナーに追い抜かれる。
登り坂はもう、前に人がいようがいまいが走らずにリズムよく歩けば良いだろう。
意外なことに、それだけで何人かランナーを追い越した。
初めて、前に人がいない状況下、自分が判断した速さで進む。
しかし、ねぎふるは確信していた。
くろいわなら離れずについてくる。
途方もない勝負メンタルの強さは、くろいわのブログで何度か読んでいた。
(勝負は、ゴール手前の長い登りのロードになるかもしれない)
恐ろしい想像だった。
大会会場へ向かうタクシーの中で
「もしかしてこの坂、最後に登ることになるんじゃない?」
「無理無理無理」
と話していたあの坂は、やはり登ることになりそうだ。
未曾有の酸欠事案が発生するかもしれない。
そんな姿を妄想しながら進んでいたのだが ー
山道の分岐でどちらに進むか迷うと、
「ほら、あんなに大きいマーキングがあるじゃない」
と後ろからくろいわの、檄あるいは指示のようなものが飛んでくる。
緩い登りで歩くと
「ここは走れる」
とまた、後ろから檄あるいは指示のようなものが飛んでくる。
これは一体どういうことなのか。
ついに
"最後の登りです"
と書かれたカードに出会った。
(いや、ゴール前のロードの登りがまだあるよね)
と思ったが、疲労した体に張り手を喰らわすような登りが何度も続いた後、ついに山道に関しては尽きるときが来たようだ。
登り用の脚はもう限界に近づいていたが、止まることだけは無いようにゆっくり登る。
事態の変化は、その後の下りで起きた。ゴールまで、まだ4,5kmある。
後ろから、より強いプレッシャーを感じた。
(あれ?下りだよ?)
くろいわが間を詰めてきた。
まさか、そこまでとは思っていなかった。
下りの、やや広い道幅の場所で何度目かのプレッシャーを感じて左に避けると、くろいわが前に出た。
斬。
一瞬であった。
緩い坂とはいえ、下りでくろいわは加速した。
ねぎふるが唖然とするうちに、明らかに離れて行く。
冬には上州の空っ風が吹き抜けるであろう広い田圃のロードに出ると、くろいわの姿は既に小さく、見る間にさらに粒のようになって行った。
完
- -
そして豚汁。
現在、旅先から携帯入力でリンク不調のため、後ほど直します。
(2015.11.26 リンク直しました。くろいわさん、こんな書き方をして本当に申し訳ございません。ここにもリンク張ります)