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読むめし

口で咀嚼するたけでは足りず、観念でも食べ物を愛でようとする人間

18きっぷで静岡の旅 島田宿・かの大井川の真ん中で驟雨に遭遇の巻

台風が秋雨前線を刺激したってやつで、レーダー図で見ると赤と黄色の塊が近づいていました。

そのような天候でも、ぜひとも訪ねたい場所でした。

東海道五十三次の23番目である島田市には、蓬莱橋という建造物があります。

かの大井川を渡る、およそ900mもある長い橋なのに、木造です。車は通れません。

https://instagram.com/p/7Z-ERzmJHP/

江戸時代は、幕府の意向で大井川に橋を架けることが禁止されていました。

そのため、専門の「川渡し」の人々が通行人を担いだり板に乗せて運んでいたんですね。

この様子は昨年NHKのタイムスクープハンターで描かれ、日本史オンチの私にも印象深いドラマでした。

そして明治の世になり、領民の念願叶ってついにこの橋が架けられたのです。

https://instagram.com/p/7Z-P7MmJHc/

現在の通行料は100円です。安い。

渡ってみて、実に安いと思いました。

https://instagram.com/p/7Z-WzSmJHl/

木でできた橋は、人が二人並んで歩ける程度の幅で、手すりはありません。

30cmほどの柵の向こうはダイレクトに川です。

安全柵なんて設置したら、この雰囲気は全て台無しになってしまうのでしょう。

https://instagram.com/p/7Z_JbFmJIY/

大井川は、日本の本州を弓なりに反らせているお腹の辺りにあり、糸魚川-静岡構造線の一部をなします。

30年前の教科書では糸魚川-大井川構造線と書かれていましたが、現在は静岡側のラインが明確ではないとされ、静岡市の安倍川なども含めた面で説明されるそうです。

いずれにしても大地の割れてる付近にある大井川、グレートです。

https://instagram.com/p/7Z_UYpGJIl/

(てか、雨がとんでもない強さに)

大地の裂目で、なおかつ幕府が橋を架けなかったら、そりゃあ文化も別れるでしょうか。

ここが東西の食文化の分かれ目という説もあります。

そのような意味でも大変興味深い場所です。

(対岸が見えてきたけど、雨がえらいこっちゃ)

https://instagram.com/p/7Z_iwGGJI4/

驟雨の中、やっと対岸に辿り着いたのですが、屋根の付いた建物はありませんでした。

上の写真では通路がコンクリートに見えるかもしれませんが、滝のような水です。

出発点は島田市の市街地の川の土手なのですが、対岸は普通に山道でした。

この山道の向こうに、牧之原のお茶の台地があるようです。

明治の世の人々が、ぜひとも結びたい道があったのでしょう。

https://instagram.com/p/7Z_tgZmJJF/

ていうか、ずっと川の中で動かない鳥が気になっていたんですけど・・・

ものすごい雨でも動きませんでした。

https://instagram.com/p/7Z_4XoGJJV/

そうして、全身ビッタビタになって島田側へ戻ってきました。

奥の右手に見える建物はアピタという複合ショッピング施設です。都市の安心感と現実感がありますね。

東海道の島田宿の名残は、この蓬莱橋から少し離れた渡河点にあるようで、今回は断念しましたが、いつか訪ねてみたいです。

何しろ、大井川の氾濫が治まるまで旅人が待っていた街ですから。

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さて、島田をあとにして (鉄橋であっさり川を渡り)、宿場的には3つ先の掛川では自然薯の料理をいただきました。

https://instagram.com/p/7aAC64mJJl/

自然薯を俵状にして揚げたもの、これで800円はやや高いかなと思いますが、自然薯のパワーがすごいのかもしれません。

疲労回復や美容など、様々言われていますね。

ドラゴンボールの仙豆だと思えばいいんです。

https://instagram.com/p/7aAGZmGJJs/

自然薯の鉄板焼、1000円。静岡の地酒「花の舞」もよく合います。


というわけで、大地と天と徳川幕府と領民の力に触れた旅でした。

そんなまとめでございます。