読むめし

口で咀嚼するたけでは足りず、観念でも食べ物を愛でようとする人間

歴史

麒麟がくるに来た。福知山の街で

この記事を書いているのは2020年3月で、COVID-19すなわち新型コロナ肺炎がいよいよ深刻になっている時期ですが、旅をしたのは2月上旬です。 全体的に自粛気味になっている昨今ですが、旅の思い出を綴って参ります。 思いがけず2020年の大河ドラマを追うよう…

舞鶴には2つの街がある(2) 東舞鶴

西舞鶴駅からとなりの東舞鶴駅までJR舞鶴線で6分、約7kmの距離です。 エビの尻尾のような入江の奥にそれぞれの街があり、真ん中は丘陵と森になって2つの街を隔てています。 東舞鶴にあったのは、まずレンガの建物と軍艦でした。 軍艦?いや護衛艦?適切な用…

舞鶴には2つの街がある(1) 西舞鶴

舞鶴(まいづる)は、京都府に属しつつ日本海に面している街です。 正直、昔は神奈川県の真鶴(まなづる)と混同していました。 いずれも素敵な街なんですよ。 で今回尋ねた舞鶴のほうなんですけど、日本列島の中での場所のイメージをお伝えします。 本州の腰が…

岩槻に点在するノスタルジーを拾う

岩槻市って、もう無いのですね。 訪ねる前日まで知りませんでした。 2005年にさいたま市に編入されました。 そんな岩槻に、かつてお城がありました。 岩槻城は15世紀の半ばぐらいにできたと推測されています。 築城者は太田道灌または成田氏の説が有力です。…

神奈川台場散歩

2020年の元日は、神奈川台場を歩きました。 これまでも通りがかったときには漫然と解説板を読んでいたのですが、全体像を意識して見たのは初めてでした。 神奈川台場は、JR東神奈川駅からまっすぐ海の方向へ行くとあります、いや、かつてありました。 現代で…

2019年の終わりに夏の三浦半島記- 久里浜から怒田城を経て横須賀へ

2019年8月に書きかけていたのですが、諸事情により完結していなかった記事を年末に終わらせます。 三浦一族が平安時代に、なぜ半島の内陸部を本拠地にしたのか? わたくし、現代の道路地図を平面図で見て理由が分かっちゃったんですよ。 道路地図を見て地形…

冬の絹の道 八王子から橋本そして柚子

本日の記事は、八王子の片倉城跡公園からスタートです。 JR横浜線で八王子の1つ手前が片倉駅なんですよね。 城跡の北側の湯殿川から入って行くと、 広場にだいぶ現代的な女性の後ろ姿が。 いやめっちゃ現代やで。 ダンシング・オールナイトて。 すみません、…

そうでした令和ですよ。藤原京より、遥か太宰府へ

奈良時代って、奈良に都があったんでしょ。 そう思っていた頃が私にもありました。 ええまあ、奈良にあったのですが、平城京のみが奈良の都にあらず。それより前には藤原京と飛鳥京があったのですな。 藤原京は平城京から20kmほど南にあります。 (Map by Goo…

奈良・近世の面影

人が歩けば古代ロマンにぶち当たる奈良ですが、江戸時代あたりはどうだったのでしょうか。 これも平城京跡でボランティアさんに聞いちゃいました。いやー聞き放題でしたなあ。 Q. 奈良城って、ありませんよね。でも東大寺や鹿のいる奈良公園と、この平城京の…

古墳めぐりからの古墳ケーキですよ

古墳の周辺は、なぜか心地よいものです。 水辺と緑、そして手付かずというか太古に作られた山があり、時間がゆっくり流れています。 今回の記事では、巡った古墳を貼り付けて行きます。 まずは平城京の北に並ぶ3つの古墳から。 3つ並んだ古墳の右側はウワナ…

平城京は聞きたい放題 2

自転車でスルーするはずの平城京跡に2時間居てしまったことに伴い、ブログも2回に及びました。 今回は主に木簡の話をします。 いや何が面白かったかって、普段人にものを聞く時はまずググるし、「知らないなんてバカだと思われるかな?」というおそれも正直…

平城京跡は聞きたい放題 1

2019年11月下旬、奈良へ行って参りました。 平城京跡は、レンタサイクルで北から南へとさっくり通り抜けようと思っていたのに、ハマって2時間ほど過ごした話をお伝えします。 何がすごかったかって、だだっ広い平原の上にぽつぽつ復元建屋などがあるのですが…

豊橋散歩

横浜から名古屋や大阪へ行くときに、いつも通り過ぎてしまう豊橋という街があります。 最近は意識して立ち寄ろうとしていたのだけど、名古屋出張の予定が急に変更になったり、豪雨だったり、岡崎を歩き過ぎて時間がなくなったりと、なかなかご縁がありません…

矢作川を渡る

かなり遅くなってしまったけれど、8月半ばの散歩の様子をお知らせします。 三河一向一揆は1563年、家康公が人質生活から桶狭間の戦いを経て解放され、やっと岡崎城に戻ったのも束の間、21歳の若き当主に降りかかった試練でした。 ちなみに家康の父の広忠は24…

岡崎の早朝、縁辺のそよ風を

2019年の夏休みは、縁あって愛知・岐阜方面へ1泊の旅をしました。 暑い。湿度が高い。そして迫り来る台風の8月14日、岡崎を散歩した様子をお届けします。 見て見て、岡崎市内の駅や資料館や、ホテルにまでテーマ別に街歩きやドライブマップが置いてあるの。…

三浦半島記03 - 緑の地底に舞い降りて

京急、なんで三崎口で線路ブツ切れてるん? いろいろ事情はあるようなので、興味のある方はどうぞ。詳しい記事です。 hamarepo.com 要は予算の問題です。 夏の週末、何もない三崎口駅から誰もいない道を海辺へと歩きました。 西の相模湾のほうへ。 畑があっ…

三浦半島記02- 衣笠城から和田城へ

一応前回の続きなのですが、気にせずどうぞ: 三浦半島で三浦氏が入植当初に本拠地にしたのが衣笠地域と言われており、JRの衣笠駅を降りたらとりあえずは衣笠山に登ってみます。 ふむ、市街地から海まで見渡せる良い景色、こりゃ戦国時代だったらお城にした…

三浦半島記01- 長なす美味しい。そして衣笠という意外な市街地

この長~いナス、三浦半島産なんですけど、フライパンでベーコンと共に焼いたらフワッと柔らかくて甘いのよ。 油も引かず、塩だけ軽くかけたけど、ベーコンの塩気で十分だったかもしれません。 めちゃ長いので、明日も明後日も食べられそうです。 ・・・そん…

石橋山古戦場そして石垣山一夜城へ 小田原付近の旅

いちおう道順としては前回からの続きですが、あまり気にしないでください。 baroclinic.hatenablog.com 根府川駅から余裕をこいたために回り道して体力を消耗し、やっと来た良い景色の中で喉が乾きつつ、石橋山古戦場まで来ました。 根府川駅から素直に来れ…

7月7日、雨の材木座海岸でビールを

昔の勤務先の上司に 「ハワイに行ってもビーチに行かずに戦争博物館とか入りそう」 と言われたわたくしが、一人で鎌倉の海の家に行ってみました。 それは梅雨の明けぬ7月、冷たい雨の降る日曜日でした。 雨だけれどもビーチの手前の住宅地からサーフボードを…

群馬県太田市の金山城から栃木県足利市の鑁阿寺まで歩いてみた 後編(完)

これまで2回にわたり、太田市から足利市への道のりをお送りしてきました。 baroclinic.hatenablog.com baroclinic.hatenablog.com さて、新田氏と足利氏はどちらも源氏で、元を辿ると祖先は兄弟なのですね。 平安時代に彼らはこの北関東の隣合う荘園を管理す…

群馬県太田市の金山城から栃木県足利市の鑁阿寺まで歩いてみた 中編

前回、太田市の金山城を訪ねて下山したところまで書きました。 baroclinic.hatenablog.com 今回はその足で足利へ向かいます。 いやー、当初は金山城訪問で時間と体力を10%ずつ使用するはずでした。 しかし実際には時間35%、体力を70%を使ってからの旅になり…

群馬県太田市の金山城から栃木県足利市の鑁阿寺まで歩いてみた 前編

仕事で太田市周辺へ出張になりまして、チャンスとばかりに猛然と地図を見たところ、近くに足利市がありました。 これは2都攻略だなと意気込んだのですが、現実は甘くありませんでした。 まず、午前中早々に仕事を切り上げる想定でしたが、いろいろ予期せぬこ…

松平好きのテーマパーク?岡崎市を歩いてきた

2018年の年の瀬、仕事の隙間で岡崎市を半日ならぬ4分の1日ほど散歩しました。 まずいきなり岡崎城を攻めます。 岡崎城は小ぶりな復元天守ですが、内側はコンクリート造りのミニ博物館のようで、お城の完全再現を目指していないところが潔かったです。 同じ岡…

備中松山城の麓の頼久寺の文化そして「ゆべし」

備中松山城の城下町である岡山県高梁市を歩いていたら、なかなか立派なお寺がありました。 なになに、足利尊氏が諸国に建てた安国寺の一つ。 足利尊氏・直義兄弟は、鎌倉幕府滅亡や建武の新政、南北著の争乱などで亡くなった人々を弔うために、全国に六十あ…

急に備中松山城

仕事で急に、お客様からクレームが来たのです。 ええ、クレームはいつも突然にですけど。 「お客様がお問い合わせの弊社担当は先日退職いたしました。現在の担当は長期休暇中です。」 ってことで、私が現地に行くことになったYO. 行ったこともない場所で扱っ…

鎌倉で鎌倉末期と南北朝~観応の擾乱の史跡を訪ねる 4 (完)

2018年10月6日の鎌倉散歩、第4回にして結びとなります。 急に4回シリーズになってどうもすみません。 前回の記事はこちら↓ baroclinic.hatenablog.com 今回もこの時代の概要みたいなのを載せておきます。 鎌倉幕府末期: 後醍醐天皇と足利尊氏などが、鎌倉幕…

鎌倉で鎌倉末期と南北朝~観応の擾乱の史跡を訪ねる 3

2018年10月6日の鎌倉散歩、前回で鎌倉幕府が滅び、今回はその後です。 baroclinic.hatenablog.com 今回もこの時代の概要みたいなのを載せておきます↓ 鎌倉幕府末期: 後醍醐天皇と足利尊氏などが、鎌倉幕府を倒す。 建武の新政: 後醍醐天皇が京都で新しい政治…

鎌倉で鎌倉末期と南北朝~観応の擾乱の史跡を訪ねる 2

2018年10月6日の鎌倉探訪、前回の記事で日野俊基卿の墓所まで行きましたが、今回はその続きです。 baroclinic.hatenablog.com 今回は鎌倉幕府が滅びます。 おさらいとして、大まかな流れを載せておきます。 鎌倉幕府末期: 後醍醐天皇と足利尊氏などが、鎌倉…

鎌倉で鎌倉末期と南北朝~観応の擾乱の史跡を訪ねる 1

秋です。読書です。散歩です。 最近、吉川英治の『私本太平記』を読み終わりまして、その視点で鎌倉を歩こうと思いました。 そもそもの太平記とは、一言でいうと南北朝のてんやわんやを記した書物で、吉川英治の『私本太平記』は、その中で足利尊氏を主役に…